2008 9 月 | 南組南車michyウェブサイト「私の祭記録」 -祭・山車・囃子情報、各地の山車祭リポート-

michyが所属する南組南車は、宝暦二年 成岩町(現・半田市成岩地区)に初めて創建された山車です。今から、250年以上の歴史ある山車、山車組に関連する情報を中心に、各地の山車祭情報を発信する個人管理のページです。あくまで個人的に製作したものなので、南組とは一切関係ありません。





第12輌:石橋組青龍車:亀崎地区:半田市

半田市 亀崎地区 石橋組青龍車尾張の山車まつり 管理人novaさま ご提供

祭礼日
5月3、4日
見所
海浜への山車の曳き下ろし
調子のよい 軽快な祭り囃子
創建年
元禄頃
現車は明治24年 建造
主な彫刻
壇箱 「風伯神・雷電神」(竹内久一)
脇障子 「日本武尊・須佐之男命」(伊藤則光)
持送り 「波」(八代目彫長)
大幕 紺地に波と青龍金糸刺繍
追幕 緋羅紗地に五獄眞形図の護符の刺繍と金糸の駒取り繍
水引 朱雀の縫いつぶし

半田博物館 展示解説より

亀崎潮干祭りは、5輌の山車(東組宮本車・石橋組青龍車・中切組力神車・田中組神楽車・西組花王車)の曳き回しと神前神社、尾張三社への神楽やからくり奉納などを中心に行われる。

神前神社について

  • 神前神社において年間を通して祭礼行事や神事が行われている。
  • 神倭磐余彦命を祭神とし旧社格が県社であることから県社と呼称されている。
  • 創建年代は定かではないが、『神武東征の際、湯貴首人という賊を討伐するため伊勢より当地東隅に突き出した岬へ上陸した。以後この岬を天神岬と呼ぶようになり、社を立てお祀りしたのが、同社である。』という伝承が地元にある。
  • 現在残されている棟礼の中で、慶弔17年(1612)のものが最も古い。
  • 江戸時代後期には、神前天神、亀崎神明と呼称された。
  • 明治4年(1871)郷社に定められ明治18年2月神前神社に改称し同年7月、県社となった。

山車について

  • 創建年代は、定かではない。
  • 弘化年間刊行の『尾張名所図会・小治田の真清水』には、上山に『唐子遊び』のからくり人形を、前山に『布ざらし』のからくり人形を飾った青龍車が描かれている。

からくり人形について

  • 『唐子遊び』 天保12年(1841)鬼頭二三 製作

2体の唐子が蓮台を図し、蓮台上で1体の唐子が逆立ちを行う離れからくりである。
(このからくりは、長く途絶えていたが昭和48年石橋組組員によって復元された。)

  • 『布ざらし』 弘化2年(1845)竹田源吉 製作された越後獅子の一場面を演じる糸からくりである。

彫刻について

○8代目彫長早瀬長兵衛(木龍堂) 明治24年

  • 持送り 『波』
  • 台輪の木鼻

cf:彫長は、江戸時代6代目早瀬長兵衛吉政の時から尾張藩御用達彫師として藩の仕事を手懸けた。8代目元兵衛(木龍堂)の弟子には、初代彫常(新美常次郎)や明治39年脇障子『日本武尊、須佐之男命』を手懸けた伊藤則光がいた。

○竹内久一

  • 壇箱 『風伯神雷電神』
  • 蹴込 『石橋』

cf:竹内久一
明治時代の近代彫刻家であり東京美術大学教授である。

○初代彫常

  • 前山蟇股 『七福神、恵比寿大黒、布袋』
  • 太瓶鰭 『神功皇后』
  • 前山懸魚 『子持龍』

幕について

  • 大幕 紺地に波と龍の金刺繍
    (以前は、白地であったが、平成元年旧山車の大幕を復元した。)
  • 追幕 緋羅紗地に梵語の詩文刺繍と金糸の駒取り繍

特記:前山四本柱は、明治24年川口門左衛門作の七宝焼き

半田博物館発行「からくり」より

上山人形『唐子遊び』

二体の唐子が蓮台を回し、蓮台の上で一体の唐子が逆立ちを行なう。天保十二年(1842)、鬼頭二三の製作。

前棚人形『布ざらし』

このからくりは、越後獅子の一場面を演じる。弘化二年(1845)竹田源吉の製作。


第11輌:西組花王車:亀崎地区:半田市

半田市 亀崎地区 西組花王車尾張の山車まつり 管理人novaさま ご提供

祭礼日
5月3、4日
見所
海浜への山車の曳き下ろし
調子のよい 軽快な祭り囃子
創建年
弘化3年以前
(寛政年間に建造された旧車は板山大湯組、また知多市北粕谷へ)
現車は弘化3年 建造
主な彫刻
壇箱 「太平楽の楽人」(立川和四郎富昌)
脇障子 「葡萄取り仙人」(立川和四郎富昌)
持送り 「角つなぎ」(初代彫常)
大幕 緋羅紗地に金糸刺繍(文様は日本の伝統的な楽器など) 
追幕 緋羅紗地に桜花の樹下に御所と人物刺繍
水引 白羅紗地に御簾の金糸刺繍

半田博物館 展示解説より

亀崎潮干祭りは、毎年5月3日・4日の2日間5輌の山車(東組宮本車・石橋組青龍車・中切組力神車・田中組神楽車・西組花王車)の引き回しを中心に行う。

祭礼運営について

  • 祭礼行事は、5組の代表から成る代参会によって決定される。
  • 5組が年番(東組→石橋組→中切組→田中組→西組)で担当する代参元が統轄する。

(例)
平成4年の祭礼に関わる主な行事と日程
○3月21日各組で年間予算を決議
○3月29日代参会により『道路検分』を行なう。

『道路検分』=山車曳き回しの安全確保のため、山車が通る順路を点検する

○4月3日神武天皇祭
○4月5日から毎週日曜日『かかりもの集め』をする。

『かかりもの』=組費。組費の額は、代参会によって決定される。

○4月19日『ゴマ掘り』

『ゴマ』=山車の輪(芯を取り除いていない松の輪切り)

cf:乾燥すればひび割れがはいるので祭礼期間以外は海岸の砂浜に埋める。

○4月25日『稽古始め』~5月1日『稽古じまい』
組事務所及び車元宅においてお囃子やからくりの稽古を行う

○4月26日山車組上げ。
○5月2日車元及び事務所の飾り付け、神前神社において幟起こし、役割を行なう。
○5月3日・4日祭礼。
○5月5日『山車おろし』

『山車おろし』=山車の解体。支払いをすませ年間の収支決算。夕食後、旧車元から新車元へ打ち込みをし、祭礼行事は終わる。

旧車について

  • 旧車は弘化5年(1848)板山の大湯組へ譲渡
  • 現在は、知多市北粕谷が所有しているが休止中。
  • 創建年代は、定かではないが、木箱に『文政八酉八月 前二重臺 西組』の墨書がある。(文政年間には、建造されていただろう)
  • 彫刻は、金箔や彩色を施し現車とは、かなり異なる。

現車について

◎弘化3年(1846)
○立川和四郎富昌 

  • 壇箱『太平楽、楽人』
  • 脇障子『葡萄取り仙人』
  • 前山蟇股『百羽雀、稲穂に雀』

○初代彫常

  • 前山懸魚『飛龍』(大正3年)
  • 蹴込『布袋の袋曳き』(大正10年)

 

からくり人形について

亀崎の祭礼は、『神官』、『石橋』の2体のからくりを演じる。

  • 上山『桜花唐子遊び』

幕について

  • 大幕 緋羅紗に金糸刺繍(文様は、日本の伝統楽器等)
  • 追幕 緋羅紗に桜花の樹下に御所車と人物の刺繍(下絵は月泉)
  • 水引 白羅紗に御廉の金刺繍

半田博物館発行「からくり」より

上山人形『桜花唐子遊び』

二体の唐子が、桜の枝を渡る、離れからくりである。製作年代は、天保年間とされる。製作者は不明。

前棚人形『神官』

天保年間、五代目玉屋庄兵衛の製作。


第10輌:中切組力神車:亀崎地区:半田市

半田市 亀崎地区 中切組力神車尾張の山車まつり 管理人novaさま ご提供

祭礼日
5月3、4日
見所
海浜への山車の曳き下ろし
調子のよい 軽快な祭り囃子
創建年
天明以前
現車は文政9年 建造
主な彫刻
壇箱 「海棠に親子鶏 力雄神 力雌神」(立川和四郎富昌)
脇障子 「張子房乗龍 黄石公馬上」(立川和四郎富昌)
持送り 「立波に千鳥ー透彫り」(立川和四郎富昌)
大幕 巌・竹に虎 巌・松に虎
追幕 緋羅紗地に翁の面刺繍
水引 羅紗地に青色濃淡の刺繍と薄茶色濃淡の龍文様の縫いつぶし

半田博物館 展示解説より

潮干祭りについて

  • 毎年5月3・4日の2日間に行われる
  • 5輌の山車を曳き廻す
  • 各山車は、素木彫刻や幕等の装飾を施し、県指定文化財である。

山車について

  • 創建年代は定かではない
  • 現在の山車は、文政年間に諏訪の立川一門が彫刻を手懸け、ほぼ現在の形になった。
    (この時の記録として、『山車彫刻仕用帳并金銀請取留』が、中切組に保存されている。)

cf:『山車彫刻仕用帳并金銀請取留』によれば
文政10年(1827)3月、2代目立川和四郎冨昌と冨昌の長女冨の夫である常蔵昌敬に発注し、総費用104両2分と祝儀6両2分合計111両で完成したことが記されている。

立川流について

立川一門は、18世紀頃から諏訪に居を置き各地の社寺の彫刻を手懸けた彫刻師

○初代富棟

江戸の幕府御用達建築彫刻師立川小兵衛富房の元で修行し、明和5年(1786)諏訪に帰り仕事をはじめた。安永9年(1780)には、諏訪大社秋宮拝幣殿を手懸け、文化元年(1804)には、静岡市浅間神社の建築工事に息子富昌を始め多数の弟子ともに加わった。この工事は、嘉永年間(1850年代)に完了した。

○2代目立川和四郎富昌

天明2年(1782)に富棟の長男として生まれた。彼は、建築彫刻の他、山車彫刻も手懸けた。建築彫刻は、長男富重、次男富種、長女富の夫、常蔵昌敬等多くの弟子とともに諏訪大社上社本宮宮拝幣殿、豊川稲荷などの社寺に彫刻を施した。

彫刻について

2代目立川和四郎冨昌

  • 蹴込 『牡丹に唐獅子』
  • 持送り 『立波に千鳥』>
  • 壇箱 『海棠に親子鶏・力雄神・力雌神』
  • 脇障子 『張子房乗龍・黄石公馬上』など

からくり人形について

  • 前山 猩々を舞う
    cf:猩々とは、能の曲名である。元来、中国の伝説を演じたものである。安政年間(1854~1859)5代目玉屋庄兵衛が製作した能装束の人形が、後ろ向きになった瞬間猩々の面を付け前を向き乱を舞い能の一場面を演じる。
  • 上山人形 面かぶり
    大正13年 6代目玉屋庄兵衛製作の浦島太郎の話を演じる
    cf:尾張名所図会小治田之真清水に描かれている力神車の上山には、2体の唐子を飾っている。このからくり人形は肩車をし、上の人形が梅の木の枝に宙吊りになったということである。

幕について

  • 大幕 向かって左側は、巌・竹に虎 右側は巌・松に虎(越前守岸駒の下絵)
  • 後幕 松に虎の刺繍
  • 追幕(見送り幕) 緋羅紗に翁の面刺繍
  • 水引 羅紗地に青色濃淡の地繍と、薄茶色濃淡の龍文様の縫いつぶし。

吹き流しは、上部に白線、下部に桐、鳳凰の刺繍。

半田博物館発行「からくり」より

上山人形『浦島』

尾張名所図会小治田真清水に描かれている力神車の上山には、二体の唐子がある。このからくりは、時計の脱進装置を付け、肩車をし、梅の枝に宙吊りになった。
現在の人形は、浦島太郎の話を演じる面かぶりである。大正十三年、六代目玉屋庄兵衛の製作。

前棚人形『猩々』

 このからくりは、後向きになった瞬間に猩々面をかぶる仕掛けが特色である。安政年間、五代目玉屋庄兵衛の製作。