ホーム > 山車百輌総揃 > 第24輌:彦州組日之出車:西成岩地区:半田市

第24輌:彦州組日之出車:西成岩地区:半田市

第25輌:本板山組本子車:板山地区:半田市

祭礼日
4月中旬の土日
見所
北と南に別れて 神社へ奉納
創建年
安政以前
現車は大正4年建造
主な彫刻
壇箱 「七福神」(初代彫常)
脇障子 「高砂翁媼」(初代彫常)
持送り 「力神」(初代彫常)
大幕 緋羅紗地の無地
追幕 緋羅紗地に大黒天と本板山組の文字の金刺繍
水引 青地に七五三縄の刺繍

半田博物館 展示解説より

  • 板山は、半田市の南西に位置し、西に常滑市と接している。
  • 神戸川の北に日役、南に小板、本板山、大湯に別れている。

祭礼について

  • 小板・本板山・大湯が、板山神社
  • 日役が、八幡神社

板山神社について

  • 創建年代は、定かではないが永禄年間以前ではないか
  • 明治43年『板山神社』と呼称された。
  • 祭神は、天児屋根命・天照大神・応神天皇である。

祭礼の歴史について

  • 板山の祭礼の起源は定かではないが、山車の有無は別として天保年間であろう
    (本板山組の勇参(いさみ)太鼓を修理した際、太鼓の内側に天保2年(1831)と記され、また日役組みの保管する獅子頭の箱には天保6年(1835)と記されていた。)
  • 昭和34年の伊勢湾台風により、祭礼を中止した。
  • 昭和35年には、青年団が解散したため、祭礼行事を維持する組織がなくなった。
  • 昭和39年頃から新しい形態で復活し、現在に至

    第24輌:彦州組日之出車:西成岩地区:半田市

    祭礼日
    4月中旬の土日
    見所
    成石神社への坂上げ???
    創建年
    大正13年
    大正4年から各地区からの旧材を用いて建造
    主な彫刻
    壇箱 「桃園の三英傑」(初代彫常)
    脇障子 「黄初平仙人」(初代彫常)
    持送り 「竹に虎」(岩田冬根)
    大幕 緋羅紗地の無地
    追幕 白地に雲と龍の金刺繍
    水引 白羅紗地の無地

    半田博物館 展示解説より

    彦洲地区について

    • 西成岩の出郷で、水田が広がり、丘陵では酪農が営まれる農業地域
    • 人口は昔から少ない。
    • 津島神社にある明治40年4月建立の常夜灯に当時の戸数25軒が刻まれている。

    祭礼について

    • 成石神社への奉納と山車の町内曳きを中心に行われている。
    • 山車の起源は定かではないが、当初は小型の山車を曳いていたらしい。
      (大正4年 榊原庄太郎氏より寄進の申し出があったので その車を西阿野へ売却し、各地区の旧材を用いて新しい山車を完成させたという歴史がある。)

    cf:戸数の少ない彦洲の人々にとって、新しい山車の完成は宿願であり、その喜びは想像にあまるものであった。そのため完成の際、人々は日の出車を曳いて御大典の祝歌を歌いながら遠く成岩の榊原庄太郎氏経営の尾張製粉会社までお礼に行ったという。彦洲の車を日の出車というのは、あるいは大正天皇御大典の歌の『昇る朝日』に由来しているのかもしれない。

    山車について

    • 昭和24年頃に、幾度の修理を経て現在の形になった。
      (亀崎田中組から上山などを譲り受け大修理)

    彫刻について

    初代彫常(新美常次郎)明治45年

    • 壇箱 『桃園の三英傑』
    • 脇障子 『黄初平仙人』

    岩田冬根 昭和26年

    • 蹴込 『牡丹に唐獅子』
    • 持送り 『竹に虎』

    幕について

    • 大幕 緋羅紗の無地
    • 水引 白羅紗の雲龍
    • 追幕 緋羅紗に扇鈴の刺繍

    っている。

三番叟について

  • 板山神社の宮本車であるため、からくり三番叟を奉納する。
  • からくりの製作年代は不明。
  • 本板山のからくり三番叟は他地区のものと舞い方が異なる点が多い。

山車について

  • 創建年代は、定かではない。
  • 大正時代初代彫常によって彫刻が付けられ、現在の形になった。

2008年12月21日 追加

▲このページの先頭へ

コメント

コメントは下のフォームから送信してください。
サイト利用についてを必ずお読みください。