私の祭☆記録


第19輌:南組護王車:下半田地区:半田市

第19輌:南組護王車:下半田地区:半田市

祭礼日
4月中旬の土日
見所

知多半田駅前 JR半田駅前 AVIX前など 見所まんさい!

創建年

元文以前
現車は明治41年に建造
(旧車は 明治14年に美浜町布土へ譲渡)

主な彫刻
  • 壇箱 「護王の夢物語」(初代彫常)
  • 脇障子 「新田義貞・児島高徳」(初代彫常)
  • 持送り 「力神」(初代彫常)
  • 大幕 緋羅紗地の無地
  • 追幕 五色の凡帳
  • 水引 花色羅紗の表布に鶴の群舞の刺繍

半田博物館 展示解説より

下半田業葉神社の祭礼には、18世紀初頭のころすでに山車3輌を曳いていたことは、同社の文書によっても察せられるが、そのうち上山に『恵比寿』を乗せていたというのが、この護王車の前身であろう。その山車か、あるいはその後に新造した山車かはわからないが、明治14年に旧車を美浜町布土に譲り、明治41年に新造したのが現車である。

山車本体は阿久比町横松の宮大工『江原新助』の手によるもので、主要彫刻は『力神』壇箱の『護王の夢物語』、脇障子の『新田義貞・児島高徳』等、大部分の彫刻は初代彫常『新美常次郎』の作、。蹴込の『一笑の図』は二代目彫常『新美茂登司』の作であったが、布土へ譲渡したため、改めて彫常が手がけたもので、彫常の力作の一つである。これ以来壇箱の持送りが従来の『角つなぎ』から『力神』へと一般化していった。

水引の刺繍は『鶴の群舞』で、下絵は織田杏斎の作、追幕は他に例のない『五色の几帳』である。また、前山人形は『巫女舞』の糸からくりで、六代目玉屋庄兵衛の大正7年の作、上山人形は『恵比寿大黒』であるが、現在恵比寿大黒は休演している。

半田博物館発行「からくり」より

前棚人形『巫女の舞』
大正7年、六代目玉屋庄兵衛の製作

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