西組 | 南組南車michyウェブサイト「私の祭記録」 -祭・山車・囃子情報、各地の山車祭リポート-

michyが所属する南組南車は、宝暦二年 成岩町(現・半田市成岩地区)に初めて創建された山車です。今から、250年以上の歴史ある山車、山車組に関連する情報を中心に、各地の山車祭情報を発信する個人管理のページです。あくまで個人的に製作したものなので、南組とは一切関係ありません。





第23輌:西組敬神車:西成岩地区:半田市

半田市 西成岩地区 西組敬神車

祭礼日
4月中旬の土日
見所
成石神社への坂上げ???
創建年
明治年間
現車は明治11年建造
大正、昭和、平成にかけ改造を重ね、現在に至る。
主な彫刻
壇箱 「鵺退治」(瀬川治助重光)
脇障子 「神功皇后」(初代彫常)
持送り 「力神」(初代彫常)
大幕 緋羅紗地の無地
追幕 緋羅紗地に烏帽子と鈴の刺繍
水引 白羅紗地に飛龍の金刺繍

半田博物館 展示解説より

西成岩の祭礼は、毎年4月の第2日曜日、山車の町内曳きと成石神社の境内において、神楽・巫女舞・からくり三番叟の舞の奉納と中心に行われる。

成石神社は、尾張国知多郡誌によれば、『成岩村字狐塚ニ在リ境内五百六十四坪天穂尊大己貴尊小彦名命ヲ合祀ス近世八幡大明神ヲ神殿トス(尾張誌)、創建詳ナラス本村旧八幡社ニ座アリ一ハ字宮廻間一ハ字南瀬古ニ在リ明治五年氏子互ニ其奉仰スル所ノ八幡社ヲ以テ本国帳所載ノ従二位成石天神トシ争ヒ決セス糠田県命シテ其神体ヲ合セ神殿ヲ新造シテ之ヲ今地ニ移シ改称ス九月郷社ニ列セラル祭日十月十五日境内社弐(天神社・熊野社)氏子八百八十八戸アリ』とある。また成岩町史によれば、明治42年に現在地に移され改めて郷社になる。

山車は西組敬神車と彦洲組日之出車の2輌である。西組敬神車は、明治11年(1878)建造され、大正3年大改造を行い現在の形となった。彫刻は、名古屋の瀬川治助重光作の壇箱『鵺退治』、野々垣清太郎作の持送り『力神』、初代彫常作の蹴込『竹に虎』脇障子『神功皇后』等である。

大幕は、緋羅紗の無地、水引は、白羅紗地に波と波頭・飛龍の金刺繍、下絵師『正池』の繍がある。『正池』は、初代彫常(新美常次郎)の別名である。

宮本車である敬神車は、前壇において、からくり三番叟の舞を成石神社に奉納する。


第11輌:西組花王車:亀崎地区:半田市

半田市 亀崎地区 西組花王車尾張の山車まつり 管理人novaさま ご提供

祭礼日
5月3、4日
見所
海浜への山車の曳き下ろし
調子のよい 軽快な祭り囃子
創建年
弘化3年以前
(寛政年間に建造された旧車は板山大湯組、また知多市北粕谷へ)
現車は弘化3年 建造
主な彫刻
壇箱 「太平楽の楽人」(立川和四郎富昌)
脇障子 「葡萄取り仙人」(立川和四郎富昌)
持送り 「角つなぎ」(初代彫常)
大幕 緋羅紗地に金糸刺繍(文様は日本の伝統的な楽器など) 
追幕 緋羅紗地に桜花の樹下に御所と人物刺繍
水引 白羅紗地に御簾の金糸刺繍

半田博物館 展示解説より

亀崎潮干祭りは、毎年5月3日・4日の2日間5輌の山車(東組宮本車・石橋組青龍車・中切組力神車・田中組神楽車・西組花王車)の引き回しを中心に行う。

祭礼運営について

  • 祭礼行事は、5組の代表から成る代参会によって決定される。
  • 5組が年番(東組→石橋組→中切組→田中組→西組)で担当する代参元が統轄する。

(例)
平成4年の祭礼に関わる主な行事と日程
○3月21日各組で年間予算を決議
○3月29日代参会により『道路検分』を行なう。

『道路検分』=山車曳き回しの安全確保のため、山車が通る順路を点検する

○4月3日神武天皇祭
○4月5日から毎週日曜日『かかりもの集め』をする。

『かかりもの』=組費。組費の額は、代参会によって決定される。

○4月19日『ゴマ掘り』

『ゴマ』=山車の輪(芯を取り除いていない松の輪切り)

cf:乾燥すればひび割れがはいるので祭礼期間以外は海岸の砂浜に埋める。

○4月25日『稽古始め』~5月1日『稽古じまい』
組事務所及び車元宅においてお囃子やからくりの稽古を行う

○4月26日山車組上げ。
○5月2日車元及び事務所の飾り付け、神前神社において幟起こし、役割を行なう。
○5月3日・4日祭礼。
○5月5日『山車おろし』

『山車おろし』=山車の解体。支払いをすませ年間の収支決算。夕食後、旧車元から新車元へ打ち込みをし、祭礼行事は終わる。

旧車について

  • 旧車は弘化5年(1848)板山の大湯組へ譲渡
  • 現在は、知多市北粕谷が所有しているが休止中。
  • 創建年代は、定かではないが、木箱に『文政八酉八月 前二重臺 西組』の墨書がある。(文政年間には、建造されていただろう)
  • 彫刻は、金箔や彩色を施し現車とは、かなり異なる。

現車について

◎弘化3年(1846)
○立川和四郎富昌 

  • 壇箱『太平楽、楽人』
  • 脇障子『葡萄取り仙人』
  • 前山蟇股『百羽雀、稲穂に雀』

○初代彫常

  • 前山懸魚『飛龍』(大正3年)
  • 蹴込『布袋の袋曳き』(大正10年)

 

からくり人形について

亀崎の祭礼は、『神官』、『石橋』の2体のからくりを演じる。

  • 上山『桜花唐子遊び』

幕について

  • 大幕 緋羅紗に金糸刺繍(文様は、日本の伝統楽器等)
  • 追幕 緋羅紗に桜花の樹下に御所車と人物の刺繍(下絵は月泉)
  • 水引 白羅紗に御廉の金刺繍

半田博物館発行「からくり」より

上山人形『桜花唐子遊び』

二体の唐子が、桜の枝を渡る、離れからくりである。製作年代は、天保年間とされる。製作者は不明。

前棚人形『神官』

天保年間、五代目玉屋庄兵衛の製作。


第6輌:西組御福車:岩滑地区:半田市

半田市 岩滑地区 西組御福車

祭礼日
4月中旬の土日
見所
新美南吉の童話の中で紹介されたお祭りがコレ!
創建年
喜永5年以前
現車は大正7年 建造
(喜永5年に建造された旧車は 板山小板組に売却)
主な彫刻
壇箱 「七福神」(初代彫常)
脇障子 「張良と黄石公」(初代彫常)
持送り 「三角板」(初代彫常)
大幕 緋羅紗に鯉の滝登りの刺繍
追幕 緋羅紗に岩上の鷹の刺繍
水引 黒地に龍の金刺繍

半田博物館 展示解説より

祭礼について

  • 祭礼は、毎年4月の第二土曜日、日曜日の2日間
  • 八幡社において、からくり三番叟、神楽、巫女の舞等の奉納と町内曳き

八幡社について

  • 八幡社は、岩滑で唯一つの旧村社
  • 祭神は、『応神天皇、神功皇后、市杵島姫命、多岐津姫命、多岐理姫命』

cf:『八幡社は元和2年(1616)、神明社(すぐ隣)は元和4年(1618)の棟礼を最古とする。』(半田町史より)
cf:『元神明社が本社なりしが、中山勝時の岩滑を領せし時伊勢神宮の御師初穂の徴収に来れるより、中山氏之を忌み、自ら一寄進を以て八幡社を建設し、以て其初穂を謝絶せり」(中山家旧記より)

巫女舞について

  • 巫女の舞は、昭和32年ごろから中止されていた
  • 昭和57年度、はやし保存会を中心に復活することとなった。
  • 巫女神楽は、義烈組が『宮神楽』、西組が『立神楽』(舞方は、やや勇壮)
    (それぞれ4番まで、15歳から20歳までの若衆が演奏する。)

囃子について

    西組の囃子

  • 岩滑新田の奥組に伝わり、三番叟と神楽は阿久比の植村のものと酷似しているらしい

義烈組の囃子

  • 上半田北組から伝えられたとされ、岩滑新田平井組へ伝えた。
  • 三番叟と神楽は阿久比の大古根村のものと酷似していたらしい

山車について

  • 大正年間他地区の山車を買い入れ、改造したものである。

彫刻について

  • 大正年間初代彫常(新美常次郎) 壇箱『七福神』、脇障子『張良と黄石公』、蹴込『竹に虎』、前山懸魚『松に鷹』等

幕について

平成5年度、山車改修事業として、一新

  • 赤フェルト地に瀧を登る鯉、岩場と松、榊、の刺繍(平成5年度山車改修事業)

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