鶴ヶ崎 | 南組南車michyウェブサイト「私の祭記録」 -祭・山車・囃子情報、各地の山車祭リポート- - Part 2

michyが所属する南組南車は、宝暦二年 成岩町(現・半田市成岩地区)に初めて創建された山車です。今から、250年以上の歴史ある山車、山車組に関連する情報を中心に、各地の山車祭情報を発信する個人管理のページです。あくまで個人的に製作したものなので、南組とは一切関係ありません。





碧南 鶴ヶ崎 への距離 2005年6月19日

半田博物館で 亀崎東組 宮本車 を展示するため
山車組立があると 聞きつけ 見学へ

見学していると
|д゚)コソーリ

博物館の方から『2階から見てください』と言われてしまった…
ジャマだったのか…ごめんなさい…

東組の若者頭筆頭石田さんが 声をかけてくれた!
いろいろお話していくと…???

東組の旧車は『鶴ヶ崎』へ渡った ということが話題に

南組の『鶴ヶ崎』が消えてしまった話
今度の『鶴ヶ崎』祭りの時に 稽古に伺うという話(知り合いが私の勤め先にいたので交渉済み)までしていると

石田さん「こちら『鶴ヶ崎』の高須さん 今日は偶然見学に来ていたみたいで…」
エッ(゚Д゚≡゚Д゚)マジ?

と 偶然にも 鶴ヶ崎の方を紹介していただけた。
これはラッキー☆
高須さんにも 簡単にお話を聞いてもらい 協力をお願いして
連絡先も教えてもらえた。

また一歩 近づいた はず…


鶴ヶ崎調査のきっかけ 2005年5月…日

南組には 祭礼中、 山車の中で演奏する『囃子』と『百度神楽』、
月次祭(毎月一日) 道行きに使う『吉浜』と(奉納用『神楽』がある
後付された(であろう)字言と共に 伝えられている

『鶴ヶ崎』という曲が消えてしまったということ…らしい

(後に分かることだが…消えてしまった曲は1曲だけじゃないんじゃないかーーー?という 話もチラホラ )

言い伝えによると
『鶴ヶ崎という曲は 月次祭の 戻り囃子として 使っていた』    そうな
『隣の’雷囃子’のような軽快な曲だった』   そうな
『何十年も前に 半田(雁宿)ホールで この辺りの 神楽・囃子連が集まって
交流会みたいなことをしたときに 鶴ヶ崎の人たちが来ていて
『うちに鶴ヶ崎という曲があります』と 話したことがあった』   そうな
『なんとなく…でも どうしても思い出せない…』 で悔しい思いで 亡くなっていった   そうな

と 村の名士は 私に伝えてくれた

なんとか『鶴ヶ崎』を復活させたい!!! という名士の想いを胸に
私の鶴ヶ崎を探す旅 の はじまりはじまり〜〜〜ぃ☆


« 前ページへ