第6輌:西組御福車:岩滑地区:半田市
- 祭礼日
- 4月中旬の土日
- 見所
- 新美南吉の童話の中で紹介されたお祭りがコレ!
- 創建年
- 喜永5年以前 現車は大正7年 建造 (喜永5年に建造された旧車は 板山小板組に売却)
- 主な彫刻
- 幕
半田博物館 展示解説より
祭礼について
- 祭礼は、毎年4月の第二土曜日、日曜日の2日間
- 八幡社において、からくり三番叟、神楽、巫女の舞等の奉納と町内曳き
八幡社について
- 八幡社は、岩滑で唯一つの旧村社
- 祭神は、『応神天皇、神功皇后、市杵島姫命、多岐津姫命、多岐理姫命』
cf:『八幡社は元和2年(1616)、神明社(すぐ隣)は元和4年(1618)の棟礼を最古とする。』(半田町史より)
cf:『元神明社が本社なりしが、中山勝時の岩滑を領せし時伊勢神宮の御師初穂の徴収に来れるより、中山氏之を忌み、自ら一寄進を以て八幡社を建設し、以て其初穂を謝絶せり」(中山家旧記より)
巫女舞について
- 巫女の舞は、昭和32年ごろから中止されていた
- 昭和57年度、はやし保存会を中心に復活することとなった。
- 巫女神楽は、義烈組が『宮神楽』、西組が『立神楽』(舞方は、やや勇壮)
(それぞれ4番まで、15歳から20歳までの若衆が演奏する。)
囃子について
西組の囃子
- 岩滑新田の奥組に伝わり、三番叟と神楽は阿久比の植村のものと酷似しているらしい
義烈組の囃子
- 上半田北組から伝えられたとされ、岩滑新田平井組へ伝えた。
- 三番叟と神楽は阿久比の大古根村のものと酷似していたらしい
山車について
- 大正年間他地区の山車を買い入れ、改造したものである。
彫刻について
- 大正年間初代彫常(新美常次郎) 壇箱『七福神』、脇障子『張良と黄石公』、蹴込『竹に虎』、前山懸魚『松に鷹』等
幕について
平成5年度、山車改修事業として、一新
- 赤フェルト地に瀧を登る鯉、岩場と松、榊、の刺繍(平成5年度山車改修事業)